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東日本大震災の被災地視察の報告をします

こんにちは、今回担当の鶴田です。

少し前になりますが、東北のに行くことがあり、その際に福島県から宮城県の石巻市・塩釜市・松島・仙台市を視察してきました。東日本大震災の一年後の状況を報告いたします。

CIMG3633.jpg

石巻市の被災地の写真です。

海岸から数キロにわたり津波が押し寄せすべてを流し去った状況です。
現在は、がれき、建物の撤去があらかた終了していますが、この写真のようにまだまだ、手つかずのところもあります。


CIMG3613.jpg

道路の中央分離帯には、企業の広告塔の1個10トンくらいの鉄の塊が横たわっています。大きさも隣のトラックと比べてわかるように、かなり大きいものです。(現在は撤去済みのはずです)



石巻震災

また、住宅地の中に漁船が放置されたままの状態の写真です。
がれきの撤去、整地はすすんでいるけど・・


CIMG3620.jpg

CIMG3619.jpg

上記の写真は、海岸に近い港湾の空き地に高さ20~30mくらいのがれきの山です。
数十カ所にわたり、畳の山、がれきの山、鉄屑の山、廃自動車の山 が方々に野積みされていました。

車から降りると、異様な臭いがしています。ずっといると気分が悪くなるくらいの
これからの夏場には、もっと異臭が漂って来ると思います。

写真は、たくさん撮ってきましたが、いくつかご紹介しました。

総評

東日本大震災の津波の脅威がよくわかりました。
そして、海岸線から内陸に数キロ入った場所で被害を受けた場所と、被害を受けなかった場所との明暗がくっきりです。河川を挟んでや、高架道路を挟んで津波の被害を受けなかったのです。
また、松島など海岸線にもかかわらず、地形により被害はわりと少なかったところもありました。


津波の被害がなかった場所、内陸の地では、復興が進んでおり、ごく普通の生活がはじまっていました。

福島県から宮城県へ移動してきました。福島県では原発の放射能問題がクローズアップされていますが、通り道の郡山市、福島市などは、震災の面影など全くなく、普段の生活が始まっていました。ただ、目に見えない放射の恐怖にさらされながらの生活です。

我々の関西は、景気は芳しくないにしても、当たり前の生活ができていることに感謝しないととつくづく思います。

震災の現地では、廃棄物の、がれきの処分が手つかずの状態です。

石巻市などは特に放射の汚染は考えられないと思います。全国の自治体が連携をとり、まずはがれきの処分をしていかない限り復興などありえない、国がもっと早く方針をしめし、対応しなければ進むはずがない、

地方自治にしても、放射能に無知な市民の反対で受け入れができず、進まない。
なんでも反対はおかしい!

同じ国民として、困っている自治体があれば、お互い様で助け合いの精神でいけば、早い復興にも繋がるし、国内も復興需要で、少しづつ景気回復にもつながるはずです。

国をあげていち早い復興を願っています。


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